放射性物質による汚染について

2011年3月30日薬煎院薬局から

三陸沖の大震災では福島原発一号機が被害を受け、使用済み核燃料や炉心から放射能漏れが危惧されています。福島を中心として関東圏では野菜や水道水が汚染されて大変なことだと思います。

キッズプレイスの関係者の一人として早く混乱が落ち着けば良いと思っていたのですが、むかし放射性物質を使って薬の実験を繰り返していた私としては、昨今のニュースを見聞して、どうにも居てもたってもおられず「むかし取った杵柄」とばかりに少々解説させて頂きます。子育てに役立つものではないと思いますが、拙文をご一読頂ければ幸いです。

テレビのニュースを見ていてほとんどの方は、水や野菜などの食べ物が安全なのかどうかという漠然とした不安をお持ちなのではないかと思います。
不謹慎な例えかもしれませんが、子供がお化けを怖がるのと同じように、大人でもちゃんと判断ができない状況を怖れるように思います。その結果として多くの人が精神的にストレスを感じるようになると思います。
子供の場合、本当にお化けがいればすぐに慣れてしまいますが、同じように放射能汚染も「危険」もしくは「安全」の判断がしっかりとつけば、私たち大人も冷静に行動できるのではないかと思います。

私たちの身の回りにはいろいろな物質があります。原発事故で話題となっているヨード131やセシウム137等をいきなり取り上げて説明しても良いのですが、ここではまず「水素」を例に解説させて頂きます。

水は酸素と水素からできていることは皆さんご存知だと思います。記号では「H2O」と書きますね。
このように水素はごく身近に存在しますが、私たちが単に「水素」と呼んでいるものは、厳密に言えば一種類だけでなく複数の“分身”が存在します。それぞれ水素として性質は同じでも「重さ」が違います。具体的には重さが1、2、3の3種類があります(ちなみにこの重さ(質量)のことを原子量と言います)。

普通に「水素」と言えば重さが「1」のものを言い、自然界では水素全体の99.9%を占めます。これに対し重さが2の水素は「重水素(ジューテリウム)」、3の重さを持つ水素は「三重水素(トリチウム)」という名前がついています。

この重さの違いの理由は少し難しくなりますが、水素の核(原子核)の中に、「中性子」と言う物質を何個余分に抱え込んでいるかによって重さが決まります。一般的な水素は中性子を持ちませんが(0個)、重水素では中性子を1個持ち、三重水素では2つ余分に持っています。

原子核の中に余分な中性子が増えると、当然、原子は不安定となり徐々に壊れて行きます。三重水素(トリチウム)の場合はベータ線という「電子」を放出して約12年かけて半分に減ってしまいます(この期間を半減期と言い、ベータ線を出して原子が壊れる様をベータ崩壊といいます)。

また一般的な水素に対し重水素、三重水素のことを「同位体」と言い、同位体の中でも放射線を出すものを放射性同位体(英語ではradio isotopeと書き、RIと略します)と言います。ここでは三重水素が放射性同位体にあたります(単に放射線を出す物質を放射性物質とも言います)。
重水素と三重水素は自然界に0.1%以下しか存在しませんが、人為的に作り出すことができます。ちなみに三重水素(トリチウム)化合物は私も実験で良く使っていました。

ここで原発の話に戻しますと、原発でウランが核分裂をすると200種類ぐらいの様々な物質が生まれます。その大半はアルファ線、ベータ線、ガンマ線…といった放射線を出します。ニュースで話題のヨード、セシウム、ストロンチウム、コバルト…etc.もこれらの放射線を出します。

放射性物質を考えるとき注意しないといけないのは、相撲でも横綱、大関、関脇、小結、前頭、十両、幕下、三段目、序二段、序ノ口…と格付けがあるように、放射性物質でも人体にとって危険なものからそれほど危険ではないものまで様々あります。
この放射性物質の危険度の“格付け”は、物理化学的性質、放射線の種類、半減期の長さ、体内での挙動…など様々な性質により決まります。一言で言えば様々な要件が多く複雑なことや、状況によって格付け条件が簡単に変わってしまうため専門家でも断定的なことが言いにくいのが本音です。

あくまでも私の独断と偏見による番付をご紹介すれば、例えば先のトリチウムはかなり安全な核種(幕下、三段目ぐらい)と言えます。後述のヨード131は中程度、セシウムやストロンチウム、コバルトと言ったものは大関、関脇、小結クラスではないでしょうか…。

ヨード131に関してはチェルノブイリ原発事故以降に5歳以下の子供で甲状腺癌の発症率が上がったことが疫学調査で分かっており、マスコミも大きく報じていることは皆さんもご存知のことと思います。しかしながら現時点で福島原発から出たヨードの身体への影響はあまり心配する程の量ではないと思います(無論原発施設のごく近隣は除きますが・・・)。理由は幾つかあります。

ヨード131は先述のトリチウムと同じようにベータ線という放射線とガンマ線という放射線を出します。ガンマ線はベータ線より貫通力が高いため細胞や遺伝子を傷つける能力が高い放射線と言えますが、ヨード131は半減期が8日と比較的短いため、測定後どんどん減衰していきます。また数ヶ月や数年といった時間的に長い間継続的に摂取するのでなければ発癌や遺伝への影響はかなり少ないはずです。

一方、私は1961年生まれですが、私が生まれた頃は今の福島原発より放射能汚染が深刻で危険な時代でした。当時は米ソの核開発が盛んな時期で大気圏中で核実験が繰り返し行われ、人類はヨード131より遥かに危険なセシウム137、ストロンチウム90、コバルト60…etc.と言った「死の灰」が混じった大気を毎日吸っていました。当時の日本人の成人がセシウムを体内に取り込んだ量はチェルノブイリ事故当時の10倍に迫ります。これは凄いことです。
にもかかわらず60年代に幼少期を過ごした私や当時子供だった人は今でも元気に生きています。

福島原発から出た放射能物質の灰は未だチェルノブイリより遥かに少ないのですが、3月21日、22日の降雨時に東京では核開発の最も盛んだった1963年の記録を一過性に上回りました。これは大変由々しきことです。
しかしそれでも繰り返して起こるのではなく、一過性の範囲内であれば危機的状況とは言えません。これ以上福島原発から死の灰が降らず、一過性で収まれば雨が降るたびに灰も自然と薄まることが期待できます。

今は福島原発が深刻な状況にありますが、このような事故が起きる前であれば、私たちはラジウム温泉やラドン温泉と言った温泉に気楽に出かけたのではないでしょうか。ラドン222はラジウム226からできる気体の放射性物質ですが、ラドン濃度の高いところで深呼吸すれば当然「体内被曝」します。実際、昨今の機密性の高いマンションではコンクリートや土壌から出てくる自然放射線による体内被曝の原因の半分をラドン222が占めています。

これは怖いことのように思いますが、一方でラジウム温泉やラドン温泉がリウマチや神経痛などの療養に良いことも事実です(放射線ホルミシス学説)。

このように放射性物質は危険と安全(有用性)の紙一重の性質を持っており、それらの性質を正しく理解し上手に使いこなして行く事が必要です。三陸沖地震を発端とする福島原発の事故は残念な事故ではありますが、一刻も早く終息するとともに、この苦い教訓が将来の安全な放射性物質の平和利用につながることを切に願っています。

また放射性物質について注目が集まっている今ですが、私たちの身の回りには放射性物質より怖い化学物質、いわゆる「環境ホルモン」が沢山あります。放射性物質は特定し、数値として計測することができますが環境ホルモンは特定すら難しい状況です。放射性物質ばかりに目を奪われて「木を見て森を見ず」とならないよう、子育て世代のお母さんお父さん方は常にアンテナを張って気をつけるべきかも知れません。

最後に放射性物質について分かりやすく解説された放射線科学センターのホームページをご紹介します。このサイトの「暮らしの中の放射線」は特におすすめです。身近に存在する放射性物質の性質や死の灰の影響についても分かりやすく解説されています。

放射線科学センター http://rcwww.kek.jp/index.html
暮らしの中の放射線 http://rcwww.kek.jp/kurasi/index.html

2011年3月30日薬煎院薬局から

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